勉強には、いつも「暗記」がついてまわります。
英単語、歴史の年号、漢字、数学の公式、理科の用語、資格試験の専門知識など。
分野は違っても、「覚えなければ前に進めない」場面は必ずやってきます。
でも、覚えるという行為には、いくつもの悩みがついてきます。
一生懸命に覚えたはずなのに、テストが終わった翌日にはきれいに忘れている。
何度も書いて練習した英単語が、いざ使いたい場面でどうしても出てこない。
新しいことを覚えるそばから、前に覚えたことが抜け落ちていく気がする。
そして、これだけ時間をかけたのに身についていないと感じたとき、
「自分は記憶力が悪いんじゃないか」
と落ち込んでしまう。
こうした経験は、あなただけのものではありません。
むしろ、まじめに勉強する人ほど一度はぶつかる、ごくありふれた壁です。
ただ、ひとつ知っておいてほしいことがあります。
覚えたことを忘れてしまうのは、あなたの記憶力が足りないからではありません。
多くの場合、原因は「覚え方」、もっと言えば「復習のタイミング」にあります。
そして世界には、その「タイミング」を科学の力で味方につけ、「忘れない」をつくり出すために使われている定番ツールがあります。
Anki(アンキ)というアプリです。
01Ankiってどんなアプリ?
Ankiは、2006年に登場した暗記用のアプリです。
開発したのは、Damien Elmes(ダミアン・エルムス)さんというプログラマー。
もともとは、自分が日本語の漢字を覚えるためにつくったと言われています。
「Anki」という名前も、日本語の「暗記」がそのまま由来になっています。
やっていることは、とてもシンプルです。
表に問題、裏に答えを書いた「カード」をつくり、画面で1枚ずつめくって覚えていく。
よくある紙の単語帳をアプリ化したわけです。
ただし、ただの単語帳アプリではありません。
Ankiは「いつ、どのカードを復習すればいいか」を、アプリ自身が自動で考えてくれます。
このアルゴリズムの賢さこそが、世界中の学習者に選ばれている理由です。
今では、英語をはじめとする語学の学習者だけでなく、医学生や、難しい資格試験に挑む人たちにも広く使われています。
パソコンでもスマートフォンでも使えて、世界には何百万人ものユーザーがいると言われています。
02そもそも、なぜ人は忘れるのか
ここで少し、「忘れる」というしくみそのものに目を向けてみます。
人の記憶は、放っておくとどんどん薄れていきます。
これは、あなたの努力が足りないからではありません。
人間の脳に、もともと備わっている性質です。
19世紀のドイツに、ヘルマン・エビングハウスという心理学者がいました。
彼は1885年、自分自身を実験台にして、「人はどれくらいの速さで忘れるのか」を調べました。
そうして見つけたのが、有名な「忘却曲線」です。
それによると、人は覚えた直後から急速に忘れ始め、1日後には、その多くを思い出せなくなってしまいます。
一度覚えただけでは、記憶はあっという間にこぼれ落ちていくのです。
ただ、この実験には、もうひとつ大事な発見がありました。
忘れかけた頃にもう一度復習すると、記憶はふたたび戻り、しかも前より忘れにくくなる、ということです。
復習をくり返すほど、忘却曲線はゆるやかになっていきます。
坂道を転がり落ちようとするボールを、要所要所で押し上げてやるイメージです。
何度か押し上げているうちに、ボールはだんだん転がりにくくなっていきます。
そしてここで大切なのは、復習の「回数」だけではありません。
「タイミング」です。
このあと見ていくように、Ankiの賢さは、まさにこの復習のタイミングを自動で見極めてくれるところにあります。
03Ankiの核心①「自分で思い出す」
Ankiの強さを支えている考え方は、大きく2つあります。
まず1つめが、「自分で思い出す」ことの効果です。
むずかしい言葉では、これを「アクティブリコール(能動的想起)」と呼びます。
たとえば、教科書を何度も読み返す勉強の仕方があります。
ノートにマーカーを引いて、ながめて覚えようとするやり方もあります。
どちらも勉強した気分にはなりますが、実は記憶にはあまり残りません。
情報をただ「見ているだけ」だからです。
一方、暗記カードはちがいます。
表の問題を見たら、裏を見る前に、まず自分の頭の中から答えを引っぱり出そうとします。
この「思い出そうとする」ひと手間こそが、記憶を強くします。
おもしろいことに、思い出せたかどうかは、それほど重要ではありません。
思い出そうと頭をしぼる、その負荷そのものが、記憶を定着させてくれるのです。
これは、筋トレに少し似ています。
重りをながめているだけでは、筋肉はつきません。
実際に持ち上げて、少しきついと感じるからこそ、筋肉は育ちます。
記憶も同じで、「思い出す」という負荷をかけるほど、強くなっていきます。
Ankiは、カードをめくるたびに、この「思い出す」トレーニングを自然にくり返させてくれます。
04Ankiの核心②「忘れかけた頃に復習する」
得意になるほど、復習の間隔はだんだん広がっていく。
Ankiを支えるもう1つの考え方が、復習の「タイミング」です。
さきほどの忘却曲線で見たように、復習は「忘れかけた頃」にやるのが、いちばん効率的です。
完全に忘れてしまってからでは、ほとんど覚え直しになってしまいます。
かといって、覚えた直後に何度も見直すのは、まだ忘れていないので、ムダが多くなります。
ちょうど忘れかけた、ぎりぎりのタイミング。
そこで思い出すのが、いちばん記憶に効くのです。
しかも、このベストなタイミングは、カードごとに少しずつ変わっていきます。
覚えたばかりのカードは、すぐに忘れてしまうので、短い間隔でくり返す必要があります。
逆に、何度も正解できている得意なカードは、しばらく見なくても忘れません。
そこで、復習の間隔をだんだん伸ばしていきます。
たとえば、最初は1日後、次は3日後、その次は1週間後、さらに2週間後、というように。
この「間隔を少しずつ伸ばしながら復習する」やり方を、間隔反復(かんかくはんぷく)と呼びます。
間隔反復のうれしいところは、すべてのカードを毎日見直さなくてよいことです。
得意なカードは間隔を大きく空け、苦手なカードはこまめにくり返す。
そうやって、限られた時間を、いちばん必要なところに集中して使えます。
とはいえ、カード1枚ごとに「次はいつ復習するか」を自分で管理するのは、現実的ではありません。
カードが数百枚、数千枚になれば、とても手に負えなくなります。
そこで登場するのが、次に紹介する「賢いアルゴリズム」です。
05それを自動でやる賢い頭脳=アルゴリズム
学習の記録から、次に出す「最適な1日」を自動で選び出す。
ここまで読んで、こう思った人もいるかもしれません。
「忘れかけたタイミングなんて、どうやってわかるの?」
と。
それを計算してくれるのが、Ankiの頭脳にあたる「アルゴリズム」です。
アルゴリズムというと難しそうですが、要は「計算の手順」のことです。
あなたがカードに「覚えていた」「あいまい」「忘れた」と答えるたびに、Ankiはその記録をもとに、次にそのカードを見せる日を自動で決めてくれます。
昔のAnkiは、「SM-2」という方式を使っていました。
これは1987年に作られた、かなり歴史のある計算方法です。
正解できたら次の間隔を長く、まちがえたら短く、というシンプルな仕組みでした。
長いあいだ、世界中の学習を支えてきた優秀な方式です。
そして近年、もっと賢い新しい方式が登場しました。
「FSRS」と呼ばれるものです。
FSRSは、あなたのこれまでの学習記録から、「このカードを、いつ、どのくらいの確率で忘れそうか」を予測します。
そのうえで、忘れる直前のベストなタイミングを狙って、復習を組んでくれます。
Ankiは2023年から、このFSRSを標準の方式として採用しました。
5億回をこえる膨大な学習データを使った検証では、FSRSを使うと、同じだけ記憶を定着させるのに、復習の回数を2〜3割も減らせることがわかっています。
同じ成果を、より少ない労力で。
これは、忙しい学習者にとって、とても大きな差です。
しかも、私たちがやることは、とてもシンプルです。
カードをめくって、「覚えていた」か「忘れた」かを、正直に選ぶだけ。
あとは頭脳であるアルゴリズムが、最適な復習日を黙って計算してくれます。
06だから世界中で支持される
語学・医学・資格。世界中の学習者がAnkiを使っている。
こうしたしくみのおかげで、Ankiは世界中の学習者に支持されてきました。
とくに有名なのが、医学生たちのあいだでの人気です。
医学の勉強は、覚えることが、とにかく膨大です。
そのため、多くの医学生がAnkiを使って、専門用語や病気の知識を頭に入れています。
アメリカの医師国家試験「USMLE」の受験勉強でも、Ankiは定番の道具になっています。
もちろん、医学生だけではありません。
英語をはじめとする語学の学習者。
法律や会計などの資格に挑む人。
さらには、パイロットやエンジニア、ミュージシャンなど。
「大量の知識を、長く正確に覚えておきたい」という人たちに、はば広く使われています。
人気の理由は、しくみの賢さだけではありません。
Ankiは基本的に無料で使えて、しかもオープンソースです。
オープンソースというのは、プログラムの中身が公開されていて、誰でも改良に参加できる、という意味です。
そのため、世界中の人が機能を追加し、長い時間をかけて育ててきました。
パソコンでもスマートフォンでも使えて、学習データを端末のあいだで同期することもできます。
世界中のユーザーが作った「カード集」が共有されているのも、大きな魅力です。
つまりAnkiは、科学的なしくみと、自由で開かれた文化の両方によって、世界じゅうの学習者から信頼を集めているのです。
07ただし、Ankiは少し「硬派」
多機能で複雑なものを、迷わない一枚へ。
ここまで読むと、Ankiは「最強の暗記アプリ」のように思えるかもしれません。
実際、その実力は間違いなく、筆者も愛用しています。
ただ、一方で、
Ankiは、人によっては、少し「硬派」に感じられるアプリでもあります。
なんでもできる分、設定や機能がとても多く、はじめて触る人には複雑に見えがちです。
カードの作り方ひとつ、画面の設定ひとつとっても、覚えることが少なくありません。
見た目も、最新のアプリのようなエレガントさは無く、実用性を優先した「男前」なUIになっています。
これは、Ankiの欠点ではありません。
むしろ、「使いこなせる人には、どこまでも応えてくれる」という、強みの裏返しです。
自由度が高い道具ほど、扱いには少し慣れが必要になるものです。
とはいえ、こう感じる人もいるはずです。
「あの賢いしくみだけを、もっと手軽に使えたらいいのに」
と。
むずかしい設定はいらない。
ただ、覚えたいことをカードにして、出てきたものに答えていくだけでいい。
そんな、シンプルで、迷わず使える暗記アプリがあったら。
次の記事では、まさにそう考えて生まれた「つむぐ暗記カード」を紹介します。